因果律による論証
非両立主義のもうひとつの論拠は、因果の鎖である。非両立主義は、自由意志に関する観念論のキーとなる。ほとんどの非両立主義者は、行為の自由という観念が単なる自発的振舞から成り立っていることを否定する。彼らの主張によれば、むしろ、自由意志とは、人間が自己の行為の究極的で根源的な原因であると主張する。伝統的な言い回しによれば、人間は自己原因でなければならない。ある人の選択が有責であるということは、彼がそれらの選択の第一原因であるということに等しい。ここで、第一原因というのは、その原因に先行する原因がないということを意味する。その論証は次のようなものである。もし人間が自由意志を有しているならば、人間は選択の第一原因である。もし決定論が真であるならば、人間のあらゆる選択は、彼のコントロールに服さない事象および行為に因る。それゆえに、もし人間が為すこと全てが自己のコントロールに服さない事象および行為に因るならば、人間が自己の行為の究極的な原因であることはありえない。したがって、人間は自由意志を持ちえない。このような論拠もまた、様々な両立主義者たる哲学者たちによって批判されている。
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非両立主義の3番目の論拠は、1960年代にカール・ギネットによって定式化され、現代の文献の中で大きな注目を受けている。その単純な論証は、以下のような文章で足りる。もし決定論が真であるならば、私たちは、私たちの現代の状態を決定している過去の事象をコントロールすることができず、また、自然法則をコントロールすることもできない。私たちはこれらの事柄をコントロールすることができないので、同様にそれらの事柄の必然的な成り行きをコントロールすることもできない。